『三体 X』トークイベント補足(参考資料付き)

 昨晩(8月20日)の『三体 X』トークイベントは無事終了しました。ありがとうございました。
 大森望さんとの対談形式で1時間ぐらい話して、視聴者からの質問に対する回答が30分、という形式だったのですが、やはり1時間では伝えきれないことも多かったので、当日発言しきれなかった部分を、若干、こちらに記しておきます。

 イベント内でも話したのですが、私は二次創作を一切行わない(読まないし、自分でも書かない)人間なので、二次創作としての『三体 X』の良し悪しについては判断できません。私に言えるのは、そういう人間が『三体 X』を読み、SF小説として面白かったのかどうかということだけであり、そして、私自身はとても面白く読み、賛否の「否」の読者の気持ちもわかるという立場です。

 もともと私は宝樹の作品が好きだったので、『三体 X』が日本でも刊行されたとき、宝樹の出発点をぜひ知りたいと思って読みました。著者が宝樹じゃなかったら、読んでいなかったかもしれない。
 『三体』三部作では、IIIの『死神永生』が最も好きなので、そこからダイレクトにつながっていく『三体 X』はとても気に入りましたが、もし『三体 X』がなかったとしても、『死神永生』への評価は変わらなかっただろうし、宝樹のオリジナル作品は、それとは別にずっと欠かさず追い続けていただろうと思います。

 『三体 X』は、とてもうまく『三体』シリーズの「隙間」を読み解いていますが、宝樹自身が「これを唯一の正解と思わないでほしい」と言っていますし、私もそのつもりで読みました。二次創作だから価値がないとは思わないし、それと同時に、二次創作だから特別な価値があるとも思わない。二次創作をしない私には、「本編と二次創作がセットになって、初めて完璧な何かが生まれてくる/その瞬間に見えるものがある」という考え方に実感はありませんので、そういったことに実感を持っている方からすると、かなり冷たいことを言っているという自覚はありますが、そういう人間にとっても『三体 X』は、とても面白かったし、この、自分が感じた『三体 X』の面白さの本質というのは、いったいなんなのであろうか……ということを読了後からずっと考えていて、それが今回のイベントへの登壇依頼を引き受けた理由です。

 でも、いまだに「これだ」という正解は持っていません。そして、私自身も職業作家ですし、日中近代史を題材とした作品も書いていますので、二次創作という分野とは関連しない形での『三体』シリーズや『三体 X』に関する解釈はあり、今回のイベントでお話させて頂いたのは、そういったことの一部です。(時間が足りず、だいぶ積み残しましたが)

 二次創作は、ある特定の作品に関するさまざまな要因が、さまざまな形で、とても幸せに結実したときにだけ生まれるものだと思っています。世の中には、二次創作など一切つくられない作品のほうが遙かに多いわけで、ですから私は、二次創作は作品を読み解くためのひとつの手段ではあっても、唯一絶対の最良のものとは思いません。作品読解のひとつの形であることは確かですが、そういうこととは無縁な読み手や書き手も大勢いるし、二次創作をしない人には、二次創作とは価値基準が異なる読解方法があります。

 『三体 X』に関して少し付け加えておくと、登場人物の誰それを気に入ったから書かれた作品ではないのだろう……ということは感じました。宝樹が行ったのは作品世界に論理の筋道を通すことであって、人物をより立体的に描くとか、その内面を新たに解釈したり付け加えることではなかったと思います。本編の作中に登場した要素を、自分に制御できる範囲でかき集め、徹底的にロジカルに組み直していった、その手際を私はとても巧みだと感じましたし(一部、そこまでしなくても……と感じた部分もありましたが)それが結果的にオリジナル作品を書く作家としての宝樹の才能とその行く道を拓いたことを思うと、『三体』という作品が世に出たことの意味と、それと巡り逢った多くの読者(中国のネット上には、『三体』の二次創作小説が他にもたくさんあるそうです)の素晴らしい未来を、あらためて祝福せずにはいられません。

 ところで、イベント内で言及された作品のリストがほしい、という書き込みがイベント中にチャット欄にあったので、以下に記しておきます。全部覚えているわけではないので抜けている部分も多いかと思いますが、だいたい、こんな感じだったかと。

  宝樹「だれもがチャールズを愛していた」(「SFマガジン」2019年8月号掲載)
  小川一水『天冥の標』シリーズ(ハヤカワ文庫)
  アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』上・下(早川書房)

  作品名ではなく、作家名だけ言及。
  アーサー・C・クラーク、アイザック・アシモフ、バリントン・J・ベイリー、スティーヴン・バクスター、李琴峰、小松左京、手塚治虫、円城塔、伊藤計劃、貴志祐介、宮部みゆき、冲方丁、伊坂幸太郎、恩田陸。
  小川哲『地図と拳』(集英社)
への言及が一瞬だけ。
  ロバート・J・ソウヤーは、お薦めしたいのにほとんど絶版で、以前、Twitterで「絶版だけどお薦めだ」と書いたら、Amazonの古書価格が急騰して困惑した覚えが……。(業者さんが素早く情報をひろっていくのです。たぶん自動でそうなっている)『ゴールデン・フリース』『さよならダイノサウルス』『イリーガル・エイリアン』(いずれもハヤカワ文庫)あたりが、長すぎず、ちょうどいい分量で面白い。『イリーガル・エイリアン』は、『三体』第一部で登場するナノ・ワイヤーの元ネタっぽい(?)ということでも有名。

 言及し忘れていましたが、強力なお薦め作家として、個人的には、篠田節子の名前も挙げておきます。

 今回のイベントで言及できなかった部分については、Twitterのスペースで番外編をやってもいいのですが、需要はあるのかなあ。司会をたてるとスケジュール調整が大変なので、私がひとりで1時間ぐらい『三体 X』に限定して延々と喋るだけ(ひとり読書会みたいなもの)という形式を想定していますが、実施するなら、今回のイベントのアーカイヴ期間(一週間)を過ぎてからですね。ゲストで入りたい方がおられるなら、あらかじめご連絡頂ければスピーカーとして設定します。