ラジオドラマ化のこと(『火星ダーク・バラード』の件)

NHK-FM 青春アドベンチャーの公式サイトで、脚色の大河内聡さんと演出担当の吉田浩樹さんが、台本が仕上がるまでの過程について詳しく書いてくださったので、私のほうも、楽しい記録を少し残しておきたいと思います。

●大河内聡さんからのメッセージ。吉田さんのコメントも読めます。
https://www.nhk.jp/p/rs/X4X6N1XG8Z/blog/bl/pNMGdVDkQw/bp/pQMb9A1KB8/

ラジオドラマ化の打診を受けたのは、2022年11月です。企画書を一緒に頂いたので内容に目を通し、すぐにOKを出しました。それは私が、NHK-FMの「FMシアター」や「青春アドベンチャー」という番組に、以前から信頼を寄せていたからです。この番組の企画なら間違いない、大丈夫だと、即座に判断しました。このあたりの背景について、少しご説明しておきたいと思います。

NHK-FMのラジオドラマは、広く一般向けの内容で土曜日のみ放送される「FMシアター」と、いまでは「青春アドベンチャー」という名前で知られている、若い世代向けのエンターテインメント系作品を多く扱う連続ドラマの2つの区分があります。後者の前身は「アドベンチャーロード」で、NHK-FMには他にも、「FMアドベンチャー」「サウンド夢工房」「ふたりの部屋」「カフェテラスのふたり」などのラジオドラマ番組が放送されていた時代がありました。

何をきっかけに聴き始めたのかはもう覚えていないのですが、私は80年代から90年代前半にかけての一時期、NHK-FMのラジオドラマを熱心に聴いておりました。演劇好きの人間だったので、ほぼ台詞だけで進行するラジオドラマに似た魅力を感じていたのです。耳からの情報だけで想像を膨らませられるのも楽しい点でした。

新井素子さん原作の『グリーン・レクイエム』(「ふたりの部屋」で放送)、北野勇作さん作の『勤務時間内戦争』(「FMシアター」で放送)もリアルタイムで聴きました。NHK-FMは、昔からよくSF小説を原作にラジオドラマを制作しており、過去の「青春アドベンチャー」でも、何人ものSF作家の小説がラジオドラマになっています。特別枠で放送された、萩尾望都さん原作『マージナル』も忘れられません。音楽担当が細野晴臣さん、塩沢兼人さんがメイヤード(マルグレーヴ)役で出演しておられました。

「FMシアター」の作品でいまでも忘れられないのが、キャロル・リード監督の映画『第三の男』で音楽を担当した、アントン・カラスの生涯を描いた『チターはもう歌わない』(原作:軍司貞則『滅びのチター師 「第三の男」とアントン・カラス』)です。『第三の男』は、いまでも、自分の洋画マイベスト10には必ず入るほど好きな作品ですが、このラジオドラマでは、キャロル・リード/小池朝雄、アントン・カラス/西村晃という名優の共演が聴ける、夢のように素晴らしいラジオドラマでした。

こんなふうに NHK-FMのラジオドラマを愛聴し、最近でも興味をひかれる作品があればすぐに聴くようにしていたので、自著のラジオドラマ化にもまったく抵抗はありませんでした。ただ、原作は原稿用紙換算800枚とかなり長く、しかも、派手なアクションシーンが続くSF作品です。企画書を読むと最後まで原作通りにやる様子でしたが、いったい、どんなふうにラジオドラマ化するのだろうか――と、このときには想像もつきませんでした。

やがて台本が届き、内容を拝読させていただいたとき、ほぼ原作に忠実であることに驚きました。勿論、原作の要素のすべては入りません。1回15分・全10回分の合計時間は、映画一本分ぐらいしかないのです。ラジオドラマに入らなかった事柄はたくさんあります。しかし、メインストーリーが、最後まで疾走感と緊張感が途切れることなく全10回分に収まっていたのは感動的でした。

複雑な事情があるのでここには書きませんが、原作小説の『火星ダーク・バラード』は、小松左京賞受賞時(2003年)に刊行された単行本版と、のちに大幅改稿をほどこした文庫版(2008年)の2種類があります。ラストだけが違っているのではなく、作品全体のあちこちが違いますし、結果的に全体の雰囲気がかなり異なっています。

今回のラジオドラマ版は、単行本版と文庫版のハイブリッドになっており、なおかつ、ラジオドラマ版固有の設定と展開が加わっています。銀河万丈さんの魅力的な声で語られる「地球歴2200年――」という設定年代はラジオドラマ独自のものです。作中用語も原作からは一部変更しています。これは「耳で聴いたときに一瞬で意味がわかる用語にしたい」という要望が制作側からあったためで、著者はこれを、制作側との話し合いのうえで了解しています。

あとで知ったのですが、台本の作成と推敲には丸一年もかけてくださったのだそうです。私の手元に届いたものは、既に何度も改稿が繰り返された後のバージョンで、私は原作者として、主に、科学考証とSF考証(SF設定)を確認し、要望をお伝えしました。台本全体の構造は、大河内さんが吉田さんと相談して最初に手がけられた形から、ほとんど動かしていません。動かす必要がないほど完成度が高く、原作への強い想いに満ちた台本だったからです。

今回、私は台本チェックの部分で原作者としてタッチさせていただきましたが、その作業の割合は、ラジオドラマの制作過程全体でいえば、ほんのわずかなものです。99.xx %以上が、脚色・音楽・音響効果・技術・演出などを含むラジオドラマの制作陣と、出演してくださった俳優さんたちの力によって成り立っています。惜しみない拍手と賛辞を、どうぞ、この方々にお送りください。

最後に、演出の吉田さんがリンク先の記事で表明してくださった言葉を、ここにも転記しておきます。

  ” 脚色とは何か? ひとつは第一の読者であることではないでしょうか。

著者として、大きな幸運に恵まれた、他メディア展開であったと感じています。
ありがとうございました。