【Book】町井登志夫の世界:『電波次元の巫女』と『量子少女』配信開始に寄せて

SF作家の町井登志夫氏の既刊が、株式会社アドレナライズ(http://adrenalize.co.jp)によって電子化され、さらに、電子版オリジナル(新作小説)の配信も始まりました。氏の作品で、電子書籍として買えるものはこれまでにもありましたが、やはり、過去に紙出版として出たものが電子でも読めるのはうれしい。Kindle以外でも配信されているので、購入書店を選べるのもありがたいところです。

町井登志夫といえば、まずは、ロングセラーとなっている『爆撃聖徳太子』(PHP文庫)が一番のお勧め。あまりにも面白いので、私はインタビュー本を作ってしまいました。こちらの電子書籍も、複数のオンライン書店で買えるので、よろしくお願いします。
■〈ミューズ叢書・3〉特集『爆撃聖徳太子』(発刊/オフィス・トリプルツー)
詳細は翡翠書房のサイトでご覧下さい。https://bccks.jp/store/hisui

『爆撃聖徳太子』という作品は、誰もがよく知っている聖徳太子と小野妹子を、町井流に解釈して活躍させた大スペクタクル活劇歴史小説というかなんというか、このタイトルだけで読みたくなるでしょう? なお、氏の歴史小説に関しては、どれもまだ紙版が流通しています。

しかし、町井登志夫といえば小松左京賞作家。SFの新作はどうした!? という読者のために、なんともうれしいことに、上記のアドレナライズ発で、過去の複数のSF作品、そして、新作SFの配信が始まりました。既刊分は『電脳のイヴ』(第三回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門優秀賞)、『今池電波聖ゴミマリア』(第二回小松左京賞受賞)、『血液魚雷』(初出:早川書房Jコレクション/アイザック・アシモフ『ミクロの決死圏』へのオマージュ的作品)、『学園蟻地獄』(別名義で発表されていた作品)です。

そして、今回、新作として配信されたのが『電波次元の巫女』と『量子少女(クォーク・ガール)』の2作。それぞれの詳しいあらすじは販売サイトで読んで頂くとして、ここでは簡単に内容を紹介します。

『電波次元の巫女』も『量子少女』も、ともに、ごく普通に学校に通う、思春期の少年少女の物語です。彼ら・彼女らは、強い意思や倫理観を心に潜ませていますが、未成年なので、目の前に壁として立ちふさがる大人や現代社会の前でまだ戸惑っている状態。大人のように強引に法を乗り越え、腕力で何かを成し遂げることはできません。そんな主人公たちが、不可解な事件を解決するために、無理解な大人の目をかいくぐり、ときには積極的に彼らと関わりを持ち、自力で突破していく。思春期特有の苦しさや切なさを、目の前に映像が浮かぶような描写と共に表現するこの特徴は、実質的なデビュー作である『電脳のイヴ』と『今池電波聖ゴミマリア』の頃から、変わることなく引き継がれている氏の美点です。

スマートフォンとネットワークが引き起こす怪現象を追跡していく『電波次元の巫女』。氏の過去の作品でいうと『血液魚雷』が同系統の雰囲気かもしれません。世界を改変する力が歴史をねじ曲げてもうひとつの日本を出現させてしまう『量子少女』。後者は日本の変わり方が、身につまされる切実さを伴っており、この作品が、まさに、いまの時代に書かれねばならなかった理由がわかります。このような大きな物語に、少年少女たちは、あくまでも地に足をつけたまま立ち向かっていく。

対談させてもらって知ったのですが、町井氏は小説の登場人物を書くときに、必ず、実在の人物をモデルにしているそうです。電子書籍のシリーズでフィリピンの女性の話がありますが、あの作品も、氏のフィリピンとの長い付き合いが色濃く反映されているようです。SFを執筆するときも同じだそうです。登場人物には必ずモデルがある。記号としての人物ではなく、生身の体を備えた登場人物だからこそ、作中で奇想天外なことが起きても現実感を損なわないのかもしれません。そして、氏が描く少年少女たちは、若者であること以前に、まず、人間としての尊厳を著者から与えられているので、その言葉と行いは、大人の読者が読んでもまっすぐに心に響くでしょう。本を読むのが好きな大人の何割かは、きっと彼らの中に、かつての自分たちの姿を見るに違いありません。