(12)【著者記録: 2003-2023】授賞後の話 (3)

小松左京賞を受賞したとき、アマチュア時代に小説修行でお世話になった堀晃さんに加え、機本伸司さんまでもが千里クラブまで来てくれた。堀さんとのお付き合いは長かったのだが、まさか機本さんが来られるとは思わなかったので、かなりびっくりした。

機本伸司さんは、前年、第3回小松左京賞を受賞した方で、受賞作『神様のパズル』は、本格SFであると同時に優れた青春小説でもあった。人目を惹く華やかな絵柄のカバー画でも有名になり、当時、四六判ハードカバーのSF単行本としては異例のベストセラーとなっていた。その売れ具合は、のちに某編集者氏から聞かされた話によると、「2000年代前半の国内新人SF作家の作品の中で、最も売れていたヒット作」だったそうで、電子書籍がなかった時代に、これはかなり大きな出来事だったはずである。日本SF史上において重要な逸話だと思うので、ここに記録として残しておく。

「前回最終選考に残って落ちた人が、翌年また最終選考に残って今度は受賞した」ということで、機本さんはほっとしてお祝いに来たそうだ。開口一番「一年待たせることになってすみません」と仰って、そのあまりの誠実さに私はもう一度驚いてしまった。
この後、10月の授賞式で、私はあらためて歴代の受賞者の方にお目にかかることになるのだが、小松左京賞の受賞者は年齢が高めで、ほとんどの方が作家業以外に本業をお持ちだったせいか、機本さんと同じく社会常識のある人格者ばかりであった。これは大変ありがたいことだった。
(授賞式については次回に)

また、小松左京賞での受賞はなかったが、既にプロ作家だったので応募作『ゾアハンター』が角川春樹事務所からシリーズ化された大迫純一さんも、優れた才能と他者に対する誠実さをお持ちの方だった。『ゾアハンター』シリーズは、のちに角川春樹事務所のハルキ・ノベルスからSBクリエイティブのGA文庫に移籍して、そちらで完結することになるのだが、私はこのシリーズの大ファンでだったので最後まで新刊を追い続け、作品が完結したときには、大迫さんに電子メールでファンレターを送った。
大迫さんには当時既にたくさんのプロ作家のご友人がおられて、私は SNSでわずかに交流させて頂いている程度だったのだが、大迫さんは、私とまで会う機会をつくろうとしてくれていたらしい(のちに、ご友人からそう聞かされた)
特撮ヒーロー作品のスーツアクターでもあった大迫さんが、一度だけ、私の地元に公演に来られたこともあったのだが、このときは私のほうが都合が合わなくて出かけられなかった。結局、一度もお目にかかる機会を得られないまま、大迫さんは闘病の末に 2010年に急逝された。とても面白く優れたエンタメSFを書く方であったのに、日本SF作家クラブに入会する機会を逸したまま亡くなったので、日本SF史の記録の中で盲点になっている書き手である。『ゾアハンター』もまた小松左京賞がきっかけで世に出た作品であることを、この機会にここに記録しておきたい。